| ■“悪条件が多いからこそ、ネットワーク化が必要”
鹿児島県の離島面積は2500平方キロメートルで全国1位。人が居住する離島の数は全国4位の27島に達し、人口は約18万7000人と県全体の10%以上を占める。「単に離島というだけではない。シーズンには台風の通り道になる“台風常襲地帯”。船便も空の便も欠航すれば完全に孤立する。こうした悪条件が多いからこそ、ネットワーク化が必要になる」(池堂和久・鹿児島県企画部情報政策課課長補佐)と、IT化を急ぐ必要性は他の自治体に比べて高い。
1996年に海底光ケーブルをバックボーンにした行政情報ネットワークを構築し、今年度中の完成を目指して容量アップした新しい「鹿児島県行政情報ネットワーク」を稼動させる。もちろん海底ケーブルの敷設を行政で行うことはできないため、全てNTT西日本の借り上げ回線になる。
「メガデータネッツやギガデータリンクなど、提供されるサービスが充実してきたことで行政ネットワーク構築が容易になった」(池堂課長補佐)。行政情報ネットワークは、民間の高速回線ネットワークを活用して県の出先機関などを結ぶ。こうしたインフラ整備が進む効果として、離島を含めて各地の交換局などの整備が進み、民間企業でもそうした施設を利用したVPN(仮想私設専用網)の構築が容易になる。
しかし、民間の通信事業者やIT企業が提供するサービスも、人口集中地域に限定されているのが実情だ。「高速回線ネットワークのインフラは充実しつつあるが、ラストワンマイルとなると離島では過疎地域が多いため、ADSLといったサービスを受けられない」(平田陽一・情報政策課課長補佐)。中には、町村役場や地元の商工会、地域グループなどがリーダーシップをとって、ADSLやFTTHなどの“誘致”に取り組むケースも出てきた。
観光地として知られる与論島もその1つ。今年5月に与論町とNTT西日本鹿児島支店は、与論島内でADSLサービスを開始することで合意した。奄美大島や徳之島の一部でADSLサービスを提供しているが、全島丸ごとADSLでカバーするのは与論島が初めてになる。「地元の熱心な要請があった」(池堂課長補佐)ことで、8月からブロードバンドネットワークの利用が可能になったが、与論島自体が高い山がなく回線工事が容易なことや、面積が小さいという好条件が作用したことも確かだ。
県ではさらにブロードバンドサービスの提供地域拡大を促すために、産官学による検討会を立ち上げ、ブロードバンド回線需要拡大の方策を練っている。「与論島でも県が地域に入ってNTT西日本、地域グループとの検討会を行い、ITをもっと活用して生活を便利にするための検討を行った。
需要があればブロードバンド回線は敷設されるが、そのためにどうやってニーズを生み出すか」(平田課長補佐)が大きな課題となっている。与論島をモデル地域にした、こうした動きは確実に広がりを見せており、12月には沖永良部島の知名町、和泊町でもADSLの利用が可能になった。
■フロントオフィスの共通化にめど
情報通信ネットワークの拡充を図るとともに、電子自治体構築も進んできた。鹿児島県の場合、鹿児島県町村会が中心となってLGWAN(総合行政ネットワーク)端末を一括購入し、すでに1市を除いて95市町村がLGWAN接続されており、全国に先駆けてLGWANのインフラは整備されている。残る1市は鹿児島市に隣接する国分市で、庁内LANの整備が遅れたためだが、04年1月には他の市町村並みにLGWAN接続が実現する。
そうした市町村の連携が強い点も鹿児島県の特徴で、電子申請などフロントシステムの共通化とアウトソーシングについては、すでに国の補助金を活用し、実証事業を行っている。IDC(インターネットデータセンター)は、地元のシステムインテグレータである南日本情報処理センター(MIC)のデータセンターを活用。「02年度にシステム設計と10種のプログラム開発を行い、すでに動作確認も終了している」(西内昭一・情報政策課主幹兼システム開発係長)という。
残るは庁内の既存システム、つまりバックオフィスをどう整備していくかだ。鹿児島県では、「文書管理システム、CALS/ECなどを段階的に導入していく検討を行っている」(今村和憲・情報政策課主幹兼電子県庁推進係長)段階だ。
鹿児島県の離島地域は、離島振興法の指定離島であったり、奄美群島振興開発特別措置法(奄振法)の適用離島であったり、そうした法律に基づく助成措置がなければ、過疎化の進行に歯止めをかけられない。奄振法は時限立法であり、これまでに何回も延長されてきた経緯がある。それだけ、過疎から抜け出す方策がないことになる。IT化に対しては過疎を食い止める切り札とは言えないものの、有力な対策にはなるとみられている。
情報化で本土との格差を解消する――これが鹿児島県の情報ネットワークに与えられた第一の使命なのだ。
(週刊BCN 2003年12月15日号掲載)
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